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最高裁判所第一小法廷 昭和47年(オ)90号 判決

主文

理由

上告代理人尾関闘士雄、同恒川雅光の上告理由について

原判決の確定した事実関係は、(一)上告人の先代篠田徳次郎は昭和一五年八月一日被上告人に対し、本件土地を、建物所有を目的とし、かつ、被上告人は本件土地上の建物を工場、倉庫のみに使用しそれ以外には使用しないこと及び右使用目的変更のために増改築しないこと、被上告人がこれに違背したときは賃貸人は賃貸借契約を解除することができる旨の特約のもとに賃貸し、被上告人は右土地上に木造セメント瓦葺平家建工場床面積一三二・二三平方メートル及び附属建物木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建工場床面積四九・五八平方メートルを所有していたところ、前記徳次郎は昭和一八年三月八日死亡し、上告人が家督相続によつて、本件土地の所有権を取得し、徳次郎の賃貸人としての地位を承継した、(二)被上告人は、昭和三九年六月頃上告人に無断で、前記母屋である工場建物につき、間口一〇間を約二間半宛に間仕切を作つて便所を設け、貸店舗用に内部を改装して四世帯分の店舗兼居宅とし、北側部分約三九平方メートルの中二階を元の柱に継ぎ柱をして二階建とし、床を張り、六畳二室の貸間として、それぞれに台所、炊事場、便所、押入等をつけ、これに通ずる鉄製階段を設けたほか、右建物の西側に隣接して片流れトタン葺の通路(土間)兼車庫床面積一五・八六平方メートル、片流れトタン葺トタン板囲い物置床面積一〇・五一平方メートルを増築した、(三)被上告人は、昭和二一年頃から本件土地上に前記(一)の工場建物を建築して一族とともに大同金属加工工場という商号で金属屑回収加工販売業を営んできたが、昭和二四年に合名会社丸宗本店を設立して実父、実弟らを社員とし、主として製鉄原料の販売等の業務に従事してきたところ、同会社が経営不振となり約一〇〇〇万円の債務を負担するに至つたため、会社の事業目的を金属屑回収加工販売業、貸店舗及び貸間業等に変更したうえ、貸店舗による収入で右会社の再建を図ろうとして前記増改築をした、(四)本件土地は、南辺が広い県道に面し、附近は店舗が立ち並んだ商業地帯であつて、借地の利用という観点からすると、店舗用としてこれを利用するのがむしろ相当であり、住宅用地を工場や店舗の敷地として利用するのと違つて賃貸人に不利有害な影響を及ぼすものではない、(五)本件土地賃貸借契約における前記解除権留保付増改築禁止の特約は、賃貸人の契約終了時期の期待とか、地上建物買取価額の増大防止などを目的とするものではなく、たまたま鉄屑商を営んでいた被上告人ら一家が作業場、倉庫用地として本件土地を賃借するものであつたところから附加された約定であるにすぎない、以上のとおりである。

ところで、一般に、建物所有を目的とする土地賃貸借契約中に、賃借人が賃貸人の承諾を得ないで賃借地内の建物を増改築したときは、賃貸人は催告を要しないで賃貸借契約を解除することができる旨の特約があるにもかかわらず、賃借人が賃貸人の承諾を得ないで増改築した場合においても、この増改築が賃借人の土地の通常の利用上相当であり、賃貸人に著しい影響を及ぼさないため、賃貸人に対する信頼関係を破壊するおそれがあると認めるに足りないときは、賃貸人が前記特約に基づき解除権を行使することは、信義誠実の原則上、許されないものというべきところ(最高裁昭和三九年(オ)第一四五〇号同四一年四月二一日第一小法廷判決・民集二〇巻四号七二〇頁参照)、本件における前記事実関係のもとにおいては、被上告人のした本件増改築は、前記特約違反に該当するものであるとはいえ、その態様において建物所有を目的とする賃借人の土地の通常の利用上相当というべきであり、しかも賃貸人である上告人に著しい影響を及ぼすものではなく、また、本件土地の使用目的の変更が一家の経済的苦況から脱するための一助としてされたものであることを考え合わせると、本件増改築をもつて上告人に対する信頼関係を破壊するおそれがあるものとは認め難いというべく、してみれば、上告人が右特約を理由としてその解除権を行使することは、信義則上許されないものと解するのが相当であつて、これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

(裁判長裁判官 藤林益三 裁判官 下田武三 裁判官 岸 盛一 裁判官 岸上康夫 裁判官 団藤重光)

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